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鹿児島地方裁判所 昭和63年(ワ)206号 判決

原告

檀繁

原告

檀透

原告

宮崎須磨子

原告

鶴田朋子

右原告ら訴訟代理人弁護士

中原海雄

被告

古川秀房

右訴訟代理人弁護士

寺田昭博

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告檀繁に対し金一五七三万二四七四円、原告檀透、同宮崎須磨子、同鶴田朋子に対しそれぞれ五二四万四一五八円及びこれらに対する昭和六二年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二 当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告檀繁(以下「原告繁」という。)は訴外亡檀冨士子(以下「冨士子」という。)の夫、その余の原告らは同女の子であり、被告は鹿児島市田上台前ヶ迫町内会(以下「前ヶ迫町内会」という。)の会長である。

2  本件事故の発生

冨士子は、昭和六二年六月二八日午前七時ころから、前ヶ迫町内会が住民に呼びかけて行った草刈奉仕作業(以下「本件草刈奉仕作業」という。)に従事し、鹿児島市田上台三丁目二七二一番一一及び同番一二の宅地の北側法面の傾斜地(以下「本件傾斜地」という。)の草刈作業をしていたところ、同七時一五分ころ約五メートル下のコンクリート舗装された歩道上に転落して頭部を強打し、よって同月三〇日午後一時五八分脳挫傷により死亡した(以下「本件事故」という。)。

3  被告の責任原因

(一)  被告は、前ヶ迫町内会の会長として、同町内会が実施した本件草刈奉仕作業につき、対象区域の設定、人員の配置、作業内容、作業手順、危険防止措置、注意事項の設定及び右諸事項の参加者への周知徹底等につき、自ら決定し又は影響力を行使することができる立場にあったものである。

ところで、本件傾斜地のうち事故現場付近は、高さが約七メートルあり、うち上部約三メートルは傾斜角度約四〇度の草付傾斜地、下部約四メートルは傾斜角度約六〇度の石垣から成っており、下はコンクリート舗装の歩道が通っていて、作業者が転落する危険性の高い場所であった。

一方、本件草刈奉仕作業に参加が見込まれていたのは、老若男女を問わない約一二〇名程度の住民であった。

(二)  したがって、被告には本件事故の発生につき次のような過失(注意義務違反)があった。

(1) 本件傾斜地の形状及び本件草刈作業の参加者を考慮すると、本件傾斜地での草刈作業は作業者が転落する可能性が高く、また転落した場合には死亡を含む重大な結果が生じうべきことを容易に予見することができたのであるから、本件傾斜地の草刈作業は鹿児島市等に要請して専門業者によって行うべきであり、住民は刈り落とした草の収集作業等危険性の低い作業にのみ従事させるべきであったのに、被告は、住民の草刈作業の対象区域に危険性の高い本件傾斜地を含めた過失があった。

(2) また、住民が行う草刈作業の対象区域に本件傾斜地を含めたこと自体には過失がないとしても、被告は、対象区域の地形、作業の難易、住民の能力等を総合勘案して、危険性の高い本件傾斜地の草刈作業には住民の中でも熟練者を選別してこれにあてるなど適正な人員配置をなし、また命綱の装着等危険防止のために遵守すべき事項を設定するなど具体的かつ有効な危険防止策を策定し、事前に住民に周知徹底させるべきであったのに、被告は何ら具体的な危険防止措置を講ずることなく、老若男女の住民を漫然草刈作業に動員した

(3) 更に、被告は、本件草刈奉仕作業の時間内(午前七時から同八時まで)は、作業現場に他の町内会役員とともに自ら立ち会うか、又は少くとも他の町内会役員を立ち会わせて、参加住民の行動を監視、監督し、作業場所、作業能力、作業態度等からみて危険な作業に従事している住民に対して作業内容の変更、作業場所の配置替え等適切な指導を行うべきであったのに、作業時間中に森川静夫環境衛生部長とともに広報車に乗って作業現場を離れ、もって危険な作業に従事していた冨士子に対し適切な指導を行わなかった。

(三)  したがって、被告は原告らに対し不法行為に基づく損害賠償責任がある。

4  損害

(一)  治療費 六万〇一五〇円

(内訳)

入院費用 五万四〇〇〇円

保険外検査費用等 六一五〇円

(二)  葬祭費 一〇〇万円

(三)  文書料 六〇〇〇円

(四)  逸失利益

一三三九万八七九八円

冨士子は死亡当時満五八歳(昭和三年七月二五日生)の家事従事者であった。よって、賃金センサス昭和六一年第一巻第一表女子労働者平均賃金額を基礎に生活費控除を三〇パーセントとして就労可能年限六七歳までの九年間に対応する新ホフマン係数(7.278)を用いて算出した同女の逸失利益の本件事故時の現価額は左の通りである。

263万円×(1−0.3)×7.278=1339万8798円

(五)  慰藉料 一七〇〇万円

合計 三一四六万四九四八円

5  本訴提起の事情

訴外鹿児島市は、同市内のボランティア活動を行う住民団体の指導者が、行事運営上、活動参加者等の第三者に損害を被らせた場合に負担することのあるべき損害賠償義務を填補する趣旨で、訴外住友海上火災保険株式会社との間で、市の出捐でもって損害保険契約(いわゆる「ボランティア保険契約」)を締結していたが、右保険会社は、本件事故につき町内会長である被告の責任を否定し保険金の支払を拒絶した。そこで、原告らとしては不本意ながら、被告の法的責任を明らかにするため本件の如き隣人訴訟を提起せざるをえなかったものである。

6  よって、被告に対し、原告繁は金一五七三万二四七四円、原告檀透、同宮崎須磨子、同鶴田朋子は各金五二四万四一五八円及びこれらに対する不法行為の日である昭和六二年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、被告が前ヶ迫町内会の会長であることは認め、その余の事実は知らない。

2  同2の事実中、冨士子が原告ら主張の日に本件傾斜地から転落して頭部を強打し、原告ら主張の日時に脳挫傷により死亡したことを認める(なお、本件事故の発生時刻は午前七時二五分ころである。)。

本件事故は、前ヶ迫町内会が住民に呼びかけて行った本件草刈奉仕作業の対象区域外で発生したものである。すなわち、同町内会が住民に呼びかけた本件草刈奉仕作業の対象区域は、いずれも市道と市道に挟まれた公共用地である二、三区の境界土手と三区一、二班の傾斜地土手のみであった。本件傾斜地は私有地であり、そのうち本件事故現場は冨士子の夫である原告繁の所有地(鹿児島市田上台三丁目二七二一番一二の土地)の北側法面である。本件傾斜地は日頃管理が行き届いていないので、本件草刈作業に参加した住民が所有者に協力して草刈作業を行ったものにすぎず、町内会で呼びかけて行ったものではない。

3  同3の事実について

(一)  (一)の事実中、本件草刈奉仕作業に参加が見込まれていたのが約一二〇名であったこと及び本件傾斜地の下はコンクリート舗装された歩道が通っていたことは認め、本件傾斜地の傾斜角度、距離関係は不知、その余は争う。

(二)(1)  (二)(1)の主張は争う。

本件傾斜地は危険性が高いので、例年、住民のうち危険作業に熟練した親友会の会員四、五人(青壮年の男子)がその部分の草刈作業を担当して事故もなく行ってきたのであって、これらの住民による安全な作業が可能であるから、被告には、本件傾斜地の草刈作業を専門業者に依頼して行わなければならない注意義務はない。

(2) (二)(2)の主張は争う。

町内会は住民に対し何ら強制力をもたず、被告が本件草刈奉仕作業の人員配置を行う権限は存しないうえ、本件草刈奉仕作業は参加が自由であり(不参加者に対し金銭的負担を課したりすることはしていない。)、参加者は各自の能力に応じて作業を分担して行うことが可能であって、現に青壮年の男子は傾斜地の草刈作業に従事し、婦人子供等は刈り落とした草の収集や道路の清掃に従事しており、冨士子も例年危険な本件事故現場の草刈作業はしていなかった。このように作業分担については参加者各自の判断が十分可能であって、被告が住民の人員配置をしなければならない注意義務は存しない。

また、町内会は、昭和六二年六月一〇日付町内会回覧をもって、危険箇所については梯子、ロープ(命綱)を使用する趣旨で「はしご、ロープのあられます方は御持参下さい」「作業への行き帰り、作業中はおけがのないよう充分気をつけて参りましょう」と住民に対し事前に危険防止を呼びかけていたのであって、被告は危険防止のための注意義務を尽くしている。

(3) (二)(3)の主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

冨士子の逸失利益の算定にあたり、同女は無職無収人の女性であるから、その生活費控除割合は五〇パーセントとみるべきである。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

仮に被告に責任があるとしても、冨士子(本件事故当時五八歳)は本件傾斜地の草刈作業が危険であるため例年親友会の会員四、五名がその作業を行っていることを知りながら、何ら危険防止の措置を講じることなく敢えて自ら本件傾斜地の草刈作業をして本件事故を惹起したものであって、同女の過失は九割を越えるものである。

第三 証拠〈省略〉

理由

一当事者

請求の原因1の事実中、被告が前ヶ迫町内会の会長であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によると、原告繁は亡冨士子の夫、その余の原告らは同女の子であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二本件事故の発生

請求の原因2の事実中、冨士子が昭和六二年六月二八日午前七時一五分ないし二五分ころ本件傾斜地からコンクリート舗装された歩道上に転落して頭部を強打し、同月三〇日午後一時五八分脳挫傷により死亡したことは当事者間に争いがない。

被告は、本件事故は前ヶ迫町内会が住民に呼びかけた本件草刈奉仕作業の対象地域外で発生したものである旨主張するが、後記三2認定のとおり、本件草刈奉仕作業は本件傾斜地もその対象地域に含めて行われたものであり、本件事故は冨士子が本件草刈奉仕作業に従事中に発生したものと認められる。

三本件草刈奉仕作業について

前記認定の事実及び争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  前ヶ迫町会は、鹿児島市田上台前ヶ迫町四区四八班に居住する住民を会員として構成し、会員相互の融和親睦をはかり、区域内の福祉を増進し、明るく住みよい町作りを目的とする住民団体であり、昭和六二年三月二三日当時区域内の約八四パーセントに相当する六一八世帯が加入していた。同町内会は、毎年四月一日から翌年三月三一日までを会計年度として、会費として各世帯から月額三〇〇円を徴収し、これが町内会活動の財源となる(従って、六一八世帯からの年間会費収入は合計二二二万四八〇〇円である。)。

組織は、町内会長、副会長(総務部長兼任)、環境衛生部長、愛護部長、婦人部長、防犯防災部長、会計の八役職があり、右役職で構成される三役会のほか、班長、区長合計四九人(四区以外の区長は班長兼任)と三役会の役職で構成される役員会及び全会員で構成される総会がある。

町内会長は、年間一七、八回三役会を、九回程役員会を開き、それらの資料を自ら作成するほか、回覧を年間一七、八回発行するなど、平均して週当り四、五時間を町内会の事務に費しているが、月々の報酬はなく、年度の終わりに七万円ないし七万五〇〇〇円の手当てが支給されるのみである。

2  前ヶ迫町内会では、昭和五〇年ころから毎年六、七月ころに草刈奉仕作業を行っており、その対象区域は公有地か私有地かにこだわらず、町内美化の観点から、道路と道路に挟まれた傾斜地土手である通称二、三区の境界土手及び三区一、二班の傾斜地土手(これらの道路はいずれも私道であったが昭和五八年、九年ころ鹿児島市の市道となった。)のほか、傾斜が急であることなどから個人では管理が行き届きにくい私有地をも含み、本件傾斜地も対象区域に含まれていた。また、昭和六〇年までは、夏祭りやソフトボールの練習に使用する旧清掃事務所跡地も草刈奉仕作業の対象にしていたが、同所は公園として整備されたため昭和六一年からは草刈は不要となり対象からはずされた。

草刈奉仕作業は、昭和六〇年までは、前ヶ迫町内会の班長以上が中心になって、これに町内有志で作っている会員の親睦と町内会に奉仕することを目的とした団体である親友会(現在では、三四歳から五三歳までの一三名で構成)の会員等の協力を得て、六〇ないし八〇名で行ってきたが、昭和六一年度からは前ヶ迫町内会の全世帯に参加を呼びかけ、老若男女約一二〇名程の参加を得て行うようになった。住民の参加、不参加は自由であり、不参加者に対して金銭の支払いその他の負担が課せられることはなかった。

なお、昭和六〇年までは旧清掃事務所跡地に集合してから草刈作業を行っていたため、作業開始前に同所で町内会長の挨拶や一般的注意があったりしたが、同所の草刈の必要がなくなった。昭和六一年からは、班長らからの要望もあって、草刈作業開始前に集合することはやめて、作業現場である二、三区の境界土手と三区一、二班の傾斜地土手にそれぞれ直接参集して草刈作業を始めることにした。

3  本件傾斜地は、鹿児島市田上台三丁目二七二一番一一及び同番一二の宅地の北側法面の傾斜地であり法面は西から東の方へ(同番一一の宅地から同番一二の宅地の方へ)序序に深く(高く)なっている。本件事故発生現場は、冨士子の夫である原告繁所有の同番一二の宅地の北側法面の西端付近(同番一一の宅地に接する付近)であり、そこの傾斜地の状況は、法面下のコンクリート舗装の歩道から八二度一八分一七秒の急角度で法面中腹の高さ約四メートル位のところまでが石積みであり、そこから角度はやや緩くなり五三度七分二三秒の角度で法面上端まで2.6メートルの土積みとなっていて、毎年六、七月ころには土積みの斜面には丈六〇ないし七〇センチメートルの草が繁茂するところとなる(別紙図面参照)。

なお、同番一二の宅地の北側にはブロック塀が築かれており、ブロック塀と法面上端との間には人ひとりが立てる位の幅の平旦部分がある。

4  被告は、昭和五八年一二月から前ヶ迫町に住むようになり、幼稚園職員の仕事の傍ら、昭和五九年四月から前ヶ迫町内会の総務部長、昭和六〇年四月から同町内会の会長を務めているものであるが、昭和六二年二月ころ、それまでの例に倣って、同年六月下旬の草刈奉仕作業を盛り込んだ昭和六二年度の町内会年間行事計画案を作成し、同年二月に開かれた三役会でこれを検討し、三月に開かれた新旧役員会にこれを諮り、更に同年四月に開かれた定期総会で承認を受けた。被告は、同年五月ころ草刈奉仕作業の具体的な日時を同年六月二八日(日曜日)午前七時から約一時間とする案を三役会及び役員会に諮って決定し、同年六月一〇日付の自ら作成した回覧五号により、町内会の全世帯に対し本件草刈奉仕作業の日時、場所、作業分担、注意事項を左記のとおり知らせるとともに参加を呼びかけた。

土手の草刈りにご協力を

町内会では、六月二八日(日)午前七時より約一時間二、三区の境界土手(旧竹元ストア前)と三区一、二班の傾斜地土手の草刈りを計画しています。

(1)  作業分担

① 二、三区の境界土手(一区ABと二区ABのみなさん)

② 三区一、二班の傾斜地土手(三区ABと四区のみなさん)

(2)  草刈りへの配慮

① なるべくご主人様のご参加をお願いします。

② はしご、ロープのあられます方は、ご持参ください。

③ 少々は町内会用を準備しますが、鎌、なた鎌のあられます方は、ご記名の上ご持参ください。

④ 刈り落とした草は、要所要所に集めますので、小学校五、六年生、中学生の参加も希望します。(集められた草は、市の清掃車で後日運搬してもらいます。)

⑤ 鎌がよく切れないと作業能率があがりませんので、鎌のあられる方は、研いでおいてください。

⑥ ほうきは、町内会用・公園用の分を準備いたします。

⑦ 作業への行き帰り、作業中はおけがのないよう十分気をつけてまいりましょう。(手袋の準備を)

被告は、右回覧では作業場所は二、三区の境界土手と三区一、二班の傾斜地土手と記載したが、その意味するところは、厳格な意味での右各土手のみならず、それに隣接又は近接していて例年草刈作業の対象としている本件傾斜地なども含んでいたのであって、回覧を読んだ住民も同様に解していた。

なお、被告が梯子、ロープの持参を呼びかけたのは、本件傾斜地のうち傾斜地角度が急な石積部分などは下から梯子、上からロープを使うなどして作業を行う必要があるかも知れないと考えたからであった。

5  被告は、同年六月二八日午前六時五〇分ころ、本件草刈奉仕作業の現場へ赴いたところ、人の集まりが悪く数名しか見かけなかったので、午前六時五五分ころから七時二〇分ころまで森川静夫環境衛生部長の運転する広報車に乗って住民の参加を呼びかけて回った。

その間に老若男女約一二〇名位の住民が本件草刈奉仕作業に参加し、例年どおり本件傾斜地以外の場所からそれぞれ草刈作業を始めた。三区一、二班の境界土手に連なる崖部分ではロープや梯子を使用するなどして草刈作業が行われた。

6  原告繁とその妻冨士子は、昭和五六年一一月鹿児島市田上台三丁目二七二一番一二に転居してきた以来、前ヶ迫町内会が毎年六、七月ころ行う草刈奉仕作業の際、毎年自宅北側法面である本件傾斜地の草刈に夫婦で参加したが、本件傾斜地のうち危険性の低いところ、即ち、冨士子においては、自宅北側ブロック塀に沿ってその外側の人ひとり立てる位の平旦部分を歩いてブロック塀沿いに幅約五〇センチメートル位草を刈り、原告繁においては、妻の刈った後を更に若干刈り広げて、夫婦でできるだけの草刈りをしておいて、本件傾斜地の中腹部分等危険性の高い所は、他の場所の草刈作業が終ってから最後に比較的傾斜地の草刈りに慣れている親友会の会員ら壮年の四、五名の人たちに任せていた。

7  昭和六二年六月二八日午前七時ころ、原告繁と冨士子(昭和三年七月二五日生。当時五八歳。)は、話し合いのうえ、本件草刈奉仕作業の対象区域である自宅北側法面の上端部分の草刈りを例年通り冨士子が、危険な崖のため本件草刈奉仕作業の対象区域外となっている自宅東側傾斜地の上端部の竹藪の葛の蔓切りを原告繁が行うことにしてそれぞれ作業を始めたが、冨士子は例年のようにブロック塀外側の平旦部分に沿って幅約五〇センチメートルの草を刈り進んでいくことをせず、本件傾斜地の土積み部分を下方へ刈り進んで行き、午前七時二〇分ころ歩道に転落して本件事故が発生した。

8  本件事故発生後、本件傾斜地以外の場所の草刈作業が終ると、傾斜地の草刈りに慣れた親友会の会員ら四、五名が本件傾斜地の草刈作業を始めたところ、被告から中止するよう申し入れがあったが、大丈夫だから心配しないようにと答えて、例年通り命綱の必要は認めないのでこれも装着せず、先頭が本件傾斜地の土積部分の上部の草を刈り進み、その足許の草は刈り残してこれを足の踏場ないし滑り止めに使い、次に続く者が先頭の刈り残した足許付近の草を刈り進み、自らの足許付近の草は同様刈り残して後に続く者に刈って貰うといった方法で、本件傾斜地の土積部分に斜め一例に並んで西から東へ草を刈り進み、東端の法面の深いところでは下から梯子も使うなどして、本件傾斜地の草刈作業を終えた。

四被告の責任について

1  以上の認定事実に基づいて、以下被告の責任の有無について検討する。

前ヶ迫町内会は、会員相互の親睦を図り明るく住みよい町作りを目的とする住民団体であり、その活動は、住民の総意に基づき、住民の参加、協力を基礎にしつつ、町内会長以下の役員の無償に近い役務提供により支えられているものである。

一方、本件草刈奉仕作業は、傾斜地における草刈りと刈り取った草の収集であり、その作業内容からして、参加住民には各作業場所及び作業内容における作業の危険性の有無、程度の判断をなす能力は十分にあったと考えることができ、右判断能力の点においては、町内会長を含む町内会の役員と参加住民との間に優劣は見出し難いものというべきである。

このように町内会長の役務提供が無償の奉仕に近いものであること及び参加住民は作業内容の危険性の有無、程度について十分な判断能力を有していると認められることを考慮するならば、本件草刈奉仕作業における事故防止のための責任の分配については、町内会長が全面的にその責任を引受けているとみるのは相当でなく、むしろ各参加者においてその責任で自己の能力に見合った場所、作業内容、作業方法を判断して作業を行うことが期待されているというべきであって、町内会長においては、住民による安全な草刈作業が極めて困難な場所を作業対象地域に含めないよう配慮すべき注意義務があることは勿論であるが、そのような場所でない限りは、事故防止のために必要な用具を備えさせ、これを用いて、作業するよう働きかけるなどの一般的な注意義務があるにとどまるものというべきである。

2(一)  原告らは、本件傾斜地の草刈作業は危険であるからこれを専門業者に依頼し、住民には刈り落とした草の収集作業等をさせるにとどめるべきであったと主張する。

確かに本件傾斜地の草刈作業は土積部分で足を滑らすなどして転倒すると下の石積部分の傾斜が急なのでそのままコンクリート舗装された歩道に落下する危険を伴うことが認められるが、本件傾斜地の土積部分は傾斜角度五三度七分二三秒であって歩行が可能であり、傾斜地の草刈作業に慣れた住民四、五名が、前記三8に認定したような方法で本件傾斜地に斜め一例に並んで西から東へ刈り進むならば、命綱装着の必要もなく安全に草刈作業を行うことができ、現に一〇年以上も事故もなく草刈作業を行ってきたことが認められるのであって、住民により安全に草刈作業を行うことが困難な程の急傾斜地とまではいいきれない。よって、原告らの右主張は失当である。

(二)  次に、原告らは、被告において、本件傾斜地の草刈作業には住民の中でも熟練者を選別し、また危険防止のための具体的方法を策定し徹底すべき注意義務があったと主張する。

しかしながら、前記1で述べたように、各参加者においてその責任で自己の能力に見合った場所、作業内容、作業方法を判断して作業を行うことが期待されているというべきであって、被告には本件傾斜地の草刈作業担当者を指名したり、作業方法を指定したりしなければならない注意義務はないものというべきである。

なお、本件傾斜地が本件草刈奉仕作業の対象区域の中で最も危険性の高い場所であったことは、傾斜地の形状から冨士子を含めて住民のほとんどが容易に判断できていたのであり、それ故本件傾斜地は例年他の場所の草刈作業が終ってから最後に傾斜地の草刈りに慣れた人たちによって草刈作業が行われていたのであって、冨士子もこれを十分知っていたから、例年自らは本件傾斜地の上端部分の草刈りをするにとどめ、それよりも下方の傾斜地は他の住民に任せていたものであった。このように、冨士子を含めて参加住民のほとんどは本件傾斜地の草刈作業を自らすることは避け、その部分は傾斜地の草刈作業に慣れた者四、五名が最後に行うことになっていたことを知っていたのであるから、本件草刈奉仕作業においては、被告が重ねて本件傾斜地の草刈担当を選別し、これを冨士子ら住民に周知徹底させる義務はなかったものというべきである。

また、原告は、命綱の装着等危険防止策を策定して事前に住民に周知させるべきであったのに、被告はこれを怠った旨主張するが、前記三4に認定のとおり被告はロープの持参や怪我をしないよう注意することを回覧により呼び掛けていたものであるから、それ以上被告にこの点について要求するのは酷に過ぎるものというべきである。

よって、原告らの右主張は失当である。

(三)  更に、原告らは、被告において自ら立ち会うか又は他の町内会役員をして立ち会わせるかして、本件草刈奉仕作業参加住民が安全に作業をしているか監視、監督すべき義務があると主張するが、前記1に述べたとおり、町内会長である被告にはそこまでの注意義務は要求されないというべきである。よって、原告らの右主張も失当である。

五結論

よって、その余について判断するまでもなく、原告らの本件請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴訟八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官岸和田羊一 裁判官坂梨喬)

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